kusada1203

交差

実はスタジオの隣にカフェがありまして、この日はレッスン前にお茶をしました。

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さも自分が頼んだかのような写真ですが、ここに僕がお金を払ったものは一つもないんですね。アメリカンコーヒーはいつも指導していただいている冷泉さんから。他は先輩のかわさきさんからの台湾土産です。こういったご恩をお返しできるよう、日々精進しております。

 

お茶をしながら、どういう流れでそうなったのか覚えていないのですが、「友達が亡くなった経験はあるか」という話になりました。
僕は一人、高校の同級生が亡くなっています。同じ部活で、3年間共に汗を流した仲間でした。当時は彼の家に遊びに行ったり、2人で映画を見に行ったこともありました。確か「ヘルタースケルター」。男2人で「ヘルタースケルター」って笑えますよね。僕が誘ったんです。エロくてグロいらしいよって。そういうのを見たい時期で、でも一人では見たくなくて、でも誰でもいいわけでもなくて、彼だったんです。親友ってほど、お互いを理解してるような仲ではないんですよ。でも何か特別な存在でした。僕の青春を支えてくれたような、そんな人でした。僕たちはエスカレーターの高校だったので、そのまま同じ大学に行きました。ただ、それからはお互い環境も変わり、高校時代のように毎日顔を合わすことも無く、だんだん疎遠になっていきました。

彼が亡くなったと聞いたのは大学1年の冬だったと思います。僕の母親から連絡がありました。早朝でした。元気な時期があって、衰弱があって、死があると思っていたから、「亡くなった」と聞いた時は耳を疑いました。だって、僕の中の彼は大学に入りたての頃、ロータリーで「おう、元気?」って言葉を交わした時のままだったから。それから会ってなかったし連絡も取ってなかったので、彼が病気になって入院していることを知らなかったんです。だから「亡くなった」が理解できなかった。

まだ、病院に亡骸があると聞いて、その日の夜、駆けつけました。部屋は静かで白くて、ご両親が挨拶してくれました。壁にはユニフォームがかけてあった。僕も持っている高校時代のユニフォーム。僕の知らない少年時代のユニフォーム。大学時代のユニフォーム。そして、人形のような彼が横たわっていました。

自分が誰かに関係するっていうのはどういうことなんですかね。僕は間違いなく彼に関係しました。高校時代という濃密な時期に彼を認識し、自分を彼の人生に関わらせました。その時間は充実しており、その瞬間はそれが全てであるかのように感じました。そして失われるはずのないものだと思っていました。でも、病室に置いてあった様々な彼の思い出を見た時に、当たり前だけど僕の知らない彼がいました。むしろ知らないものだらけ。僕と彼とが共有していたものって、ほんのほんの少しだったんだと、そう感じました。そしたら不思議で、実はこの共有してると思ってたものも、本当はおれの知らないものなんじゃないかって。それぞれのユニフォームが、同じ壁に並列に並べられた時に、これっておれの知ってるあのユニフォームだよなって高校時代のユニフォームに不安を覚えたんです。自分も確実に着たことがあるし、彼が着ているのも確実に見ているはずの高校時代のユニフォームが僕の知らないもののように見えました。そして、「なあ、おれはお前がこのユニフォームを着ていた時期に確かに存在して、お前に話しかけていたよな」と確かめたくなった。でも、その問いの答えはもう聞くことはできない。ああ、彼は亡くなったんだと思いました。

まだね、彼のメールアドレスが僕の携帯に残ってるんですよ。まだこの世の中にいるんじゃないかなって思う時あります。もし会ったって特別話すことはないんですけど、でも「あ、あいつだ」って思うだけでも、彼がいて、自分がいることの証になりますよね。ということに気づかされました。彼の死で。何をするでもない、何を言うわけでもない、でもこの世のどこかで誰かとすれ違う時、それは生きてるってことなのかなと。

草田 陸