「河合く~ん、あとでアトリエに行っていい?」 と、いつも唐突に電話がかかってきた。楽器が増えてきて家の部屋には入りきれなくな り、アパートを借りて楽器置き場兼、簡易スタジオを作り、隠れ家としていたカオスのよ うな部屋を、冷泉さんはなぜか気に入っていた。船底天井に欄間があるが、床は畳ではな く板の間(フローリングとも言うがこっちの方がしっくりする)で、昭和な2DK風呂無し アパート。日当たりが悪く昼でも薄暗く、陰気な感じなのに冷泉さんは「アトリエ」と呼ぶのが嬉しかった。
たいていは昼間の3時から4時くらいが多かった。その時は必ず缶ビール3本とかりんと う、あるいは豆大福かみたらし団子と、なぜか甘い物と一緒なのだ。 その日もかるく乾杯すると、おもむろにバッグから歌詞の束をどっさり置き、パラパラ とめくり始める。冷泉さんの歌詞や語りは全部手書き。たいてい万年筆で丁寧に書かれて いる。しかし整理は苦手なのか、なかなか目的の曲が見当たらない。さがしながら関係の 無い旅の話や、映画や本の話を始めるので、ボクはビールを飲んで相づちを打ちながら 待っていると、出してきたのが「冷泉風Mr.ボージャングル」と書かれた文章だった。若 い頃に出会った女性(十二単を着てニシキヘビを使うストリッパー)との淡い恋と通り過 ぎていった日々を、語りと「Mr. Bojangles」(サミー・デービスJr.などで有名な歌)の 替え歌で纏めたものだった。大作だった。しかし替え歌部分の歌詞がどうも上手くいかな い。メロディーに詩がうまく乗らないのだ。2人で何度も書き直して唄いやすくしようと するのだが、なかなかなめらかに歌えない。仕方なく暫定案の歌詞でリハーサルをし、バンドメンバーの手助けで何とか形にしてライブに挑んだが、思い通りには行かなかった。 そしていつしかこの曲はライブのレパートリーから消えてしまった。忘れた頃にアルバム レコーディングの候補に、一度だけ挙がったことがある。よし、今度こそ完成させるぞ、 と意気込んだのだが、残念ながらこちらも音に残す事は出来なかった。
キラキラ光る まつげセクシー
ライトに浮かぶ 男達の視線を 優しく受け止め
錦ヘビ 首に巻き 優雅に踊る ねえさん
ミス スネーク ダンサー
2020年、思いもよらない現実に晒されて、ほとんど開店休業のアトリエでビールを飲 んでます。そばには旭製菓の黒かりんとう。 冷泉さん、いつの日か「冷泉風Mr.ボージャングル」歌ってみたくなりましたよ。
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