稽古

「プロ」とは一体どういうことだろうか

こんにちは、かわさきみえこです。

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三人がかりでマッサージをされているのは誰でしょう。

なんともまぁ、贅沢な図ですこと。

身体をほぐすために、二時間きっちり体操をします。その仕上げにマッサージをする。

主に、背中ですね。

背中って人にしてもらわないとなかなか自分ではできないですから、ここぞとばかりにしてもらいます。

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創作活動なうです。

fmgのワークスタジオはかなりクリエイティブな作業をしていると思う。

もちろん、台本がある場合でも、その設計図からどう建設物を作るかもクリエイティブだけれども、

【無から有を作る】という作業をする。

最初のうちはなっかなか出てこなかったけど、最近は面白くてしょうがない。

この日はラインをウーロン太さんがつくって、それをみんなでああでもない、こうでもないと

作り上げていく。

次の稽古で発表なので、ちょっとドキドキしている今日この頃。

◇

さて、タイトルの「プロ」についてだが、

ちょっとね、やらかしてしまった私がいまして、おっとこれじゃあかんなと

ここに書いて、表明をしておこうと。

私は「プロ」のエンターティナーになる。

「プロ」ってなんだろうとちょっと考え始めて、こういうことかなと思うところにきました。

「プロ」とは「自分をきちんと表現する」ものであると。

そのためには、きちんと”自分”を知り、それを的確に表現する。

わからないことをわからないとちゃんと伝えなかったばかりに

周りに迷惑がかかる。

恥ずかしがったことで恥をかくし、かかせる。

もう私一人の問題ではない。

私一人の責任ではなくなったところも「プロ」というところか。

「プロ」とは「プロフェッョナル」の略語だろうけど、

意味合いは様々だ。

私はこう解釈した

「自分をきちんと表現し、関わる人の責任も負える人」

それが「プロ」ではないのだろうか。

私は趣味でこの世界に身を置きたいわけではない。何かの片手間にしたいわけではない。

全身全霊をかけて、この世界で生き抜き、報酬のある仕事をしていくために、基礎を作り上げている。

根が腐っては木は育たない。根がないもの、それは造花であり、生きてはいない。

私は柿の木になりたいのだ。

脱皮の時期がまた巡ってきたのだろう。

夏は脱皮をする季節になっている。

蛇は平然と脱皮をするが、本当は痛みを伴っているのじゃないか?

脱皮をした私はまた一回りも二回りも大きくなる。

私という大穴、ものにしようではないか。

輝きだした恒星を胸に、わたしは自分を取り戻していく。

ワタシに戻る感覚があるのだけど、そのワタシはもう前のワタシではなくて一歩進んだ「私」なのだ。

(記:かわさきみえこ)